『傘をもたない蟻たちは』-『染色』-


以前、『傘をもたない蟻たちは』を読み始めたと報告させて頂きましたが、今後、超不定期でその感想を記載していこうと思います。

気分は「ぽんによる極私的 随想録~『傘をもたない蟻たちは』編~」

こんなことを思っていますが、正直続くのかどうか・・・。

とりあえず書きたいことを、書きたいときに、
完全なる主観で綴っていこうと思います。

ネタバレも含みますので、ご注意ください。

ちなみに以前の記事はこちらです。
『傘をもたない蟻たちは』読み始めました。

『染色』

不躾な言い方をすれば浮気男の話。単純に最低だなとも思えるんですが、なぜかそう思わせない、繊細に美しく描かれた作品です。

「僕」のどこかまだ未熟で儚い、混沌とした葛藤が伝わってきて、自分が大学生だった頃もこうだった気がする、そんなどこか共感できる部分がたくさん散りばめられていました。いやでも大人へと進んでいくのに、まだ大人にはなきりれない、自分は何者なのか、漠然とした答えのない疑問。”現実”に本当は気づいているのに、まだ気づいていないふりをする。焦りや不安、嫉妬さえもここでは綺麗に描かれています。

私のこの世界の印象は、とても静かな音のない世界でした。もちろん音は聞こえているんだけれど、どこか遠く別の世界から聞こえてくるようなそんな感じ。例えるなら水の中にいるみたいに。むしろ「染色」というだけあって、視覚的な色の与える印象がとても強い。この世界に描かれる景色はとても美しい。

多くの皆さんもきっと主人公と加藤シゲアキを重ねてしまう部分があると思う、また読んでいてもその存在がはっきりと残っている。きっと読むより前に作者をよく知ってしまうと、こういう読み方になってしまうんだね。だからこそ、冒頭の「なあ、そうだろう美優。」に、嗚呼、本当に加藤シゲアキから紡がれた文章なんだな、なんて思ってしまった。この読み方が果てして良いのかは別として。

他にも「喩えるならどっちかにしなよ、と思いつつも」や「くだらない会話から離脱」、「そのデザインをひとつひとつ頭の中で寸評していく」等、仲間とつるみながらもどこか俯瞰して、同じ学生が作ったデザインを品定めする少し尖った「僕」が、どうしても加藤シゲアキを投影させる。個人的に、学生時代の加藤くんにはこういう印象を抱いていました。

この作品は「美優」と「杏奈」の対比がとても面白い。
私は登場する度に、「太った」と総評される「杏奈」に同情しつつもクスッと笑ってしまった。彼女たちはどちらも現実に生きているのに、「杏奈」が登場する場面は、いつも現実が強調されている。デートを兼ねて訪れた芸術祭では「早く帰りたい」けれど彼女を思い気を遣う「僕」や友人たちと上手い距離感で接する「杏奈」、クリスマスのデート等、現実を生きる一場面が多く描かれている。また、「太った」や「柔らか」いと表現される彼女の身体はとても生々しい。

その一方で、「美優」はどこか現実味がない。最初の出会いこそ馴染みの居酒屋だけれど、それ以降は外界と交わることのない「美優」と「僕」、2人だけの世界。「幻覚でも見ているのかと自分の目を疑」うような行動を取る「美優」や彼女の「透き通るほどに白」い肌、シンプルなベッドルームは、より現実から切り離されているように感じる。

「僕」は「美優」と2人で作品を創り上げることで、高揚感に似た心の充足を得ている。「上手くいっていない部分もある」と指摘されたように、自分自身の作品は「良作ではないと気づいている」。自分の未熟さや限界に直面し、悶々とする「僕」の前に突如現れた「美優」。初めて見た彼女の作品に「目を奪われ」るも、「どことなくもの足りな」さを感じていた「僕」が、共に描くことで一つの作品が完成する。そこには「僕らが二人で描いたという証」があり、二人でいれば全てが上手くいく、二人だからこそ素晴らしい作品が創れると思っていたのではないだろうか。お互いがお互いを必要としていて、「大事」にしていればいつまでも「平穏な日々」が続いていくと。

しかし、そんな日々はいつまでも続かない。「私、ロンドンに行くことにしたの」彼女の言葉に「僕」は「随分と急だね」と返すけれど、「僕」にはもうわかっていたはず。現実から目を背けていただけで、「ノート」を見たあの日から、いや本当はもっと前から気づいていたのかもしれない。幼かった彼女が描く線画を見て「そんなはずはない」と動揺し、「あまり長い時間その写真を眺めることができ」なかった「僕」。彼女は溢れる才能を持ち、「僕」と同じではない。彼女は彼女自身の道を常に進んでいるだけなんだと。相談もなく一人でロンドン行きを決めていた彼女の言葉で、避けてきた現実を突きつけられたのではないか。

「僕」にとって「美優」はある種の偶像だったのかな。
単純にそんなふうに思える。

かといってあの頃の「美優」にとっても「僕」は必要な存在だったはず。彼女が持つ深い孤独を癒したのは「僕」だから。

現実に気づいた瞬間から「僕」の魔法はとけてしまったのか。それとも、彼女の部屋を訪れるまで「僕」の時間は止まっていたのか。どんなに言い聞かせたって、彼女との時間は「いい思い出」にはなっていない。

そして彼女の部屋で、彼女の思い出と対峙する。それでも「本来の自分自身の色」を前に、「多種多様な色彩に染まっていた」「僕」を探してしまうんだ。

正直、ここで彼がする自慰行為については理解に苦しむ。これは男性独特の感情なのだろうか。ただここから伝わってくる虚無感はすごい。私にとっては、とても不思議な感覚の場面だった。

そして、最後の2行がとても好き。その時には「僕」はもう過去と決別して進み出したのがわかる。


うーーーーん、すごい疲労感!
シゲちゃん、毎回ライナーノーツ書いてるの本当にすごいな!
本当に熱意があって好きじゃないとできないね。すごく大変だろうけど、私やファンの皆さんはすごく楽しみにしているから、これからもゆっくりどうにか続けてほしいな。

にしても『染色』の世界観すごいね!
こんな世界全く想像できないんですけど。それにこんな深い内容、どうやって書いていってるんだろう?ラストシーンを最初に決めたみたいだけど、それでも構成の仕方とか本当にすごい。

あと「美優」には実際にモデルとなった人がいたことにもびっくり。そんな人と出会う世界に住んでるシゲって、やっぱり遠い存在だなとも思う。妄想だとしても、そういう妄想の種って何かしらの実体験からくると思うし、ヒントとなる経験を経て書かれていると思うから、シゲの作品に触れる度に違う世界に生きてる人なんだなあと思ってしまう。余計遠くに感じてしまうんだよね。だから、読んでこなかったのかも。

この随想録、とても体力を使うな。やっぱり超不定期更新になりそう。
もし、ここまで読んで下さった人がいるようでしたら、私の完全自己満な駄文に付き合って頂き本当にありがとうございました。


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]
傘をもたない蟻たちは [ 加藤シゲアキ ]
価格:1404円(税込、送料無料) (2019/1/28時点)


傘をもたない蟻たちは

0 件のコメント :

コメントを投稿